社会構造的問題から国民医療費増大を考える

 宇沢弘文氏(『社会的共通資本』)のご指摘のように、医療の問題をたんに国民医療費の増大とか、財政負担という視点からとらえようとするのは、本末転倒であろう。国民のだれもが人間的尊厳にあずかり、疾病等にさいして、そのときどきにおける最適な医療サービスを受けることができる社会は「ゆたかな社会」といえよう。

 わが国は1961年に国民皆保険制度がスタートし、「誰でも」「どこでも」「いつでも」保険医療を受けられる体制が確立した。その制度と並行して、医療技術の高度化、画期的な医療機器の導入、高額な医薬品による治療等に伴い国民医療費は2018年におよそ42兆円に達し、2040年にはおよそ66兆7000億円(政府推計)になるものと予測されている。個人的には外来患者数の伸びが医療費増の大きな要因を占めていると推測していたが、1984年におよそ635万人、2014年にはおよそ724万人と、想定していたより増加数は抑えられていた。しかしながら65歳以上の患者数は1984年におよそ160万人、2014年には351万人と倍増していることが分かった。一概には言えないだろうが、高齢者による医療機関とのかかわり方にも社会的課題があるような気がする。確かに医療は教育と同様に、社会的共通資本(大気や森林等の自然環境、道路や電力等の社会的インフラ、教育や医療等の制度資本)として位置づけられているが、宇沢氏が論ずるように、「国民経済全体にとって利用しうる希少資源の量は限られたものであって、各市民の必要とする保険・医療サービスを必要に応じて無制限に供給することはできない」。実際、国家予算に占める国民医療費は1970年にはおよそ8兆2千万の国家予算のうち2兆5千万、2015年には96兆3千万のうち42兆4千万に増大している。さらに「医療制度という視点からみれば、医療の経済的大きさではなく、その実質的内容が問題とされなければならないであろう」とのご指摘からは、診療報酬点数を基準とした医療費の計算の評価のあり方(検査料や薬剤料の比重が高く、医師や看護師などの人的費用が極端に低く評価されている)と医療機関の経営的持続性の問題(1996年には一般診療所は9万弱であったが、2017年には10万強と増加している)もあるのではなかろうか。 

 『医療経済の嘘』の著者である森田洋之氏は、ある意味、日常性の中に潜む医療のあり方に違和感を持たれてのことであろうと拝察するが、「病人がいるから医療があるというよりも、病床がある分だけ病人が作られる」という大胆な指摘をしている。これは森田氏がわれわれに発している「医療とは何か」への真摯な投げかけであろうと私は思う。人口 10万人当たりの病床数が一番大きいのは高知県で、人口一人当たり入院医療費(75歳以上)も最も高くなっている。高知県は人口10万人当たり2400床、もっとも少ないのは神奈川県の800床であるが、実際に高知県民が3倍も病気になるかというとそうではない。病床数と入院医療費の相関関係は高く、入院医療費の低い都道府県は1年間に県民一人当たり8万円台しか使わないのに、高い都道府県は2倍以上も使うそうである。世界に目を向けると、日本は人口10万当たり世界一病床が多い国であり、スウェーデンは270と神奈川県の三分の一である。さらに日本は世界一のCT/MRIを持っており、イギリスの7~8倍だそうである。医師不足(日本はOECD36各国中28位 2014年)もよく取り上げられているが、高齢者の外来患者数の増加、一般診療所の増加、病床数の多寡等のデータから、医療という希少資源の適切なあり方も考えていかなければならないであろう。

  世耕経済産業大臣の今年1月の記者会見を読むと「ウェアラブル端末を使った健康管理などというのは、非常に有望な分野になってくるのではないかというふうに思っております。社会保障費そのものをどの程度抑えられるか。これは今、具体的な推論はあるわけではありませんけれども、例えば、現在、医療費のかなりの部分は生活習慣病から起因するものが多いわけであります。まさに、例えばウェアラブルアラブル端末でいろいろな自分の運動量ですとか、あるいは今後、血圧とか血糖値というような数値がとれるようなことになれば、まさにこの生活習慣病の予防につながり、ひいては医療費の抑制にもつながる可能性があるというふうに思っております」と医療福祉分野におけるICT技術の導入を語ったが、「予防で医療費は減らせる」という根拠の薄い期待が、社会保障費抑制の解決へのすり替えにならないように注視しなければならないと思う。ウェアラブルを装着した国民、血圧から運動量、果ては糖分の摂取量まで管理された物体化した人間!これはわれわれが医療費削減のために望む社会であろうか。(4月27日の朝日新聞「根拠の薄い期待 潜む危うさ」予防医療5の記事を参照)

 参考図書:宇沢弘文『社会的共通資本』岩波新書    

     森田洋之『医療経済の嘘』ポプラ新書  

     朝日新聞 4月27日 予防医療5

     *数値は厚生労働省ホームページ参照

英語&教養講座の生涯学習「まなびの広場」

ANAで勤務した後、結婚、子育てしながらの専業主婦から一念発起し英語の勉強を始めました。テンプル大学日本校の大学院で英語教育を修了した後、英国のエセックス大学大学院で社会学を修了しました。宮崎市に教室を開設しております。小学5・6年生、中・高生からシルバー世代まで対象の教室です。基礎英語から時事英語、社会を見る眼が養われる教養講座を開講しております。詳細はブログで随時紹介しております。

0コメント

  • 1000 / 1000