英国からの春だよりに寄せて;ベーシックインカムという制度

 イングランドの友人アンからヤマザクラ(wild cherry tree)の便りが届いた。イングランドのラジオ番組で日本の桜便りが紹介されていたのであろう。サクラにあやかって私のことを思い出してくれているという。季節を同じくして、アンの庭のヤマザクラが例年よりも早く満開になり、寝室の窓から見えるヤマザクラが、また私への想いを起こしてくれるというのである。15年くらい前にさかのぼるが、私は当時エセックス大学の大学院で社会学を専攻していた。当時を振り返れば、十分とは言えない英語力で社会学理論を理解するのに悪戦苦闘の毎日であったが、今ではこうして異国で私のことを懐かしんでくれている友人がいる。サクラの花は数日しか持たないが、やがて葉は緑色に変わり、天候に恵まれ運が良ければサクランボが実をつけ、鳥たちもその楽しみにあずかれる。なんとロマンチックな光景であろう!

 I heard a programme on the radio last week about the famous Japanese cherry blossom and thought especially of you. I also think of you when I see our wild cherry tree in blossom and it has come out very early this year. The view from our bedroom window is lovely, though of course the blossom will only last for a few days. However, the leaves always follow, and if we're lucky and have a hot summer, we are able to eat the cherries. (The tree is also called a 'bird cherry' tree as usually it is the birds which eat them!) 

*last: 持ちこたえる 持続する

 いかがでしょうか。声に出して読んでみませんか。 

 話題は変わりますが、最近、おぼつかない足取りで杖に支えられてやっと歩を進めている老婦人を私はよく見かける。「もしかしたら食べ物に難儀をしているのではなかろうか、布団の上で寝ているだろうか」などと一人勝手な推測で気をもんでいる。ちょうどの時に、アンの息子がホームレスの問題に取り組む委員会を立ち上げ、その提案が英国国教会の総会で取り上げられ、その議案が通過したということが書いてある。彼はいろんな慈善団体や組織の人との会合に出席しながら、彼らの努力がさらに効果を上げるように協力しており、そんな息子を誇りに思うとアンのメールは続いている。今日(アンがメールを書いた日)はNorwichのSt Martin's Housing Trustの代表者との会合に出席したとメールは続く。ホームレスはイングランドでも深刻な問題になっているようである。

 We were very proud of him as he proposed a Private Members' Motion at the General Synod of the Church of England about setting up a task force to tackle homelessness, which has become quite a problem in the country. It was passed overwhelmingly and he has been attending meetings with various charities and organisations, to encourage them to co-ordinate their efforts so that they become more effective. Today he had a meeting in Norwich with representatives of St Martin's Housing Trust. 

  •  a Private Members' Motion: 英国国教会総会で提案として議論される方法の一つ
  •  General Synod of the Church of England:英国国教総会  
  • Overwhelmingly: 圧倒的に 

 Norwichはイングランド東部に位置する中世の街並みが残る実に美しい街である。私は早速Norwich Evening Newsにアクセスしてみた。 https://www.eveningnews24.co.uk/news/norwich-homelessness-st-martin-s-record-street-collection-1-5843384 

“A Norwich homelessness charity’s Christmas street collection has raised the highest amount in 29 years, with a record £34,500 collected.” 

St Martin's Housing Trustはクリスマスの街頭募金活動でおよそ500万円(現在1ポンド≒145円)集めこれまでの29年の活動の中で最もたくさんの寄付を集めたとのことである。これもアンの息子の寄与によるところがあるのかもしれないなどと、私まで彼のことを誇りに思っている次第だ。ではこの寄付金はどのように活用されているのであろうか。さらに記事を読むと、ホームレスの人々の宿泊施設(ベッドを含めて)をさらに拡充していくとのことである。さらに詳しく知りたいという方はSt Martin's Housing Trustのホームページをどうぞ(https://stmartinshousing.org.uk/)。 

 翻って日本はどうであろうか。ホームレスや困窮者を支援する民間団体の活動には敬意を表してやまないが、市民レベルでの取り組みはあまり広がりを見せていないのではなかろうか。私のように感情レベルでの共感に終始しているような気がする。そこで一つの貧困対策(弱者を生まない社会のために)として注目されつつあるベーシックインカムに私は大いに関心がある。これからの社会ではテクノロジーのさらなる進展で労働の質・量的変化が生じ、その進歩に乗れる人とそうでない人で労働の二極化に向かうといわれている。困窮な状況にある人を救済することも大事なことではあるが、そのような状況が生じない社会を創り出すことはもっと大切なことであろう。そこで「政府がすべての国民に、収入の水準に拠らずに、生活に必要な最低限の生活を保障するお金をすべての人々に無条件に、一律に支給する制度」であるベーシックインカム(Basic Income,BI)は一考に値すると思われる。BIはすべての国民の基本的な生活費を保障する制度である。現行の生活保護費のように扶助の支給対象者が貧困層に絞られていないので、受給されているからと言ってだれも後ろめたさを感じなくていい。例えば、毎月7万円を世帯ごとではなく個人を単位として給付した場合、3人家族であれば21万円、さらに月10万円程度の給料を世帯主が稼げば31万円の家計のやりくりとなる。独り身で労働意欲がない場合でも無収入の困窮ではない。では財源は大丈夫であろうか。7万円×日本の人口(約1億2千万人)≒100兆円が必要となる。7万円×12か月=84万円の給付 1年間の納税額が84万円の世帯ならば給付額-税額=0 雇用保険、老齢年金、子供手当、公共事業予算、中小企業対策費、生活保護費等の政府支出総計をおよそ40兆円と見積もった場合には残りの60兆円を税金で賄わなくてはならない。現在の個人平均年収は400万円で税金が20%であれば80万円の税支出、しかし84万円の給付額であれば4万円のプラスとなる。よって年収が少ない人には純受益が、年収が多い人には負担が生じるが、この考え方の評価できる点は誰もが受益者であることだ。国から配られたおよそ100兆円は国内消費に回されるであろうから、お金は国内を循環しているだけである。よく話題になっていることだが、AIが広汎に渡って活用されるようになると多くの労働が機械やロボット等によって置き換わりる「脱労働社会」になるといわれている。高度なオートメーション化で労働は効率化され、労働時間は短縮される。資本家やベンチャービジネス、AIの開発等に関わる一部のエリート層以外の大多数の労働者はますます周縁におかれるであろう。生産性の向上はそれを消費する社会が前提であるので需要を喚起するためにもBIは必要であろう。これは生活保護の適用範囲を拡大することで解決できるような状況ではなく、社会保障に関する抜本的な方向転換を視野に入れた施作が必要である。

 今、自分がホームレスでないのはほんの偶然にすぎないかもしれない。最近使われている「偶有性」(Contingency)という言葉が頭をよぎった。ホームレスになる可能性があるのに、自分に起こっていないことが奇跡的に思える。これからはまさに社会を偶有的なものとしてとらえておく必要があるかもしれない。社会は他者の存在なしには語れないから。

 参考文献:井手栄策『18歳からの格差論』東洋経済  

     井上智洋『AI時代の新・ベーシックインカム論』光文社新書   

     落合陽一『日本進化論』SB新書

英語&教養講座の生涯学習「まなびの広場」

ANAで勤務した後、結婚、子育てしながらの専業主婦から一念発起し英語の勉強を始めました。テンプル大学日本校の大学院で英語教育を修了した後、英国のエセックス大学大学院で社会学を修了しました。宮崎市に教室を開設しております。小学5・6年生、中・高生からシルバー世代まで対象の教室です。基礎英語から時事英語、社会を見る眼が養われる教養講座を開講しております。詳細はブログで随時紹介しております。

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