一杯のコーヒーで考える社会学

 日本ではコーヒー豆の輸入自由化が1960年にスタートし、それ以降、多数の国内メーカーがインスタントコーヒーの製造を開始した。1960年における世界のコーヒー豆生産量はおよそ360万トンで現在ではおよそ一千万トンに増大している(Atlas on Regional Integration economy series のworld coffee production のグラフから筆者が推計)。日本は1960年におよそ1万トン、2017年には46万トンを輸入しているが、輸入の拡大期は1970年頃の高度経済成長期である。コーヒー豆生産量第一位はブラジル(およそ35%)であり、ベトナム(およそ20%)、コロンビア(およそ8%)と続き、日本のコーヒー豆輸入国もそれに準じている。コーヒー豆の輸入量の一位はアメリカでEU,日本と続くが、一人当たり消費量ではスカンジナビア半島諸国(ノルウェーやフィンランドなど)ルクセンブルク、スイスなどヨーロッパの国々が上位を占め、1年間の一人当たり消費は上位国ではおよそ10キロ、日本は3.5キロである。 

 コーヒーの栽培は赤道を挟んで北緯20度・南緯20度のベルト地帯であるが、いずれの国々も農業国であり、輸出農産物(換金作物である、コーヒー豆、大豆、トウモロコシ、綿花、カカオ等)に依存しており、これが外貨獲得源となっている。コーヒー豆の取引方法は先物取引でニューヨークやロンドンでの取引価格が国際相場となっており、投機家心理(コーヒー豆の豊作や霜害による不作、為替動向など)に大きく左右されるため、生産者の収入は安定しない。さらに、生産地(供給)と消費地(需要)が地理的に乖離しており、需給関係を正確に反映させる価格形成も困難である。生産地から消費地に到達するまでの経路も重層的であり、政治経済的に弱い立場にある生産国の栽培農家にとっては不公正なものとならざるを得ない。コーヒーの流通経路を辻村英之『おいしいコーヒーの経済論』からお借りする。 栽培農家→農協→連合会→加工場→流通公社→輸出業者→海運業者→輸入業者→生豆問屋→焙煎業者→レストラン・小売店→消費者  

 辻村氏はタンザニアのルニカ村でキリマンジャロを生産する農家の調査を実施し、ルニカ村のコーヒー・プロジェクトで村に中学を設立した京都大学の教授であるが、上述の図書でコーヒー価格決定のプロセスが説明してあるので、ここに参照させていただく。1998年の調査であるが、ルニカ村での民間流通業者の買付価格は1キロ2.34$(1$≒128で計算すると1キロ≒300円)→日本への平均輸出価格は4.38$(560円)→日本での輸入価格675円→東京での袋入り焙煎豆の小売価格200グラム787円(1キロ≒3935円)*この時点で生産者価格のおよそ13倍→喫茶店・カフェでの一杯価格はおよそ400円(豆は一杯につきおよそ10グラム使用)*1キロに換算すると400×100=40000 40000÷300≒133 133倍にまで跳ね上がっていることを生産者は知っているのだろうか。僅か1~2%の収入にしかならないのが現実である。生産者は農薬や肥料も必要であることを考慮に入れると厳しい生活状況が見えてくる。このように途上国は原料(一次産品)の生産国に甘んじ、付加価値は経済的に豊かな国でつけられているのが現状であるので、豊かな国と途上国の経済格差はなかなか縮まらない。

  さて、消費者である私たちには何ができるのであろうか。一杯のコーヒーに癒されているわれわれの幸福の遠く向こうにあるこの現実を共有することは重要であると考える。最近よく耳にする「倫理的消費者行動」であるが、消費者の公正な買い物が経済的・社会的に弱い立場に置かれた人々の望ましい生活を支援するという行動である。3月2日のブログでも書いたが、「社会の、もしくは不全を、憂い顔で、しかも自分は安全地帯に身を置いたまま批判するというのは、批評家の偽善でありである」ことをもう一度肝に銘じておきたい。 

参考図書:辻村英之『おいしいコーヒーの経済論』太田出版 

     全日本コーヒー協会ホームページ

英語&教養講座の生涯学習「まなびの広場」

ANAで勤務した後、結婚、子育てしながらの専業主婦から一念発起し英語の勉強を始めました。テンプル大学日本校の大学院で英語教育を修了した後、英国のエセックス大学大学院で社会学を修了しました。宮崎市に教室を開設しております。小学5・6年生、中・高生からシルバー世代まで対象の教室です。基礎英語から時事英語、社会を見る眼が養われる教養講座を開講しております。詳細はブログで随時紹介しております。

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