バリスタ人気で考えた:コーヒーから見える現代社会
インスタントコーヒーは日本人化学者加藤サルトリ博士が1899年に発明したといわれているが、特許を申請しておらず、幻の発明者となっている。わが国では1960年にコーヒー生豆の輸入が自由化され国内のメーカーがインスタントコーヒーの製造を開始した。この時の輸入量は生豆換算で約1万トン、5年後にはおよそ5倍、1970年には9倍、1990年には32万5千トン、2000年には41万6千トンと急上昇である。1996年の東京銀座のスターバックス1号店を皮切りに様々なカフェチェーンのオープンが続き、世はまさにカフェブームの到来である。
コーヒー発見の伝説は諸処あるが、舞台は6世紀ころのエチオピア。ヤギが赤い実を食べ興奮しているのを見たヤギ飼いのカルディが不思議に思い、修道院の僧侶に相談し、その実を食べてみると不思議なことに気分が爽快になったので、修道院のほかの僧たちにも与えたところ、夜中の修行でも眠気が吹き飛ぶことが分かりそれ以降、眠気覚ましの薬として飲用が始まったともいわれている。その後アラビアを中心としたイスラム圏で秘薬として引用され15世紀ころにはイエメン地方でコーヒーの木が栽培され、次第にカイロの商人たちによってヨーロッパに広められていったといわれている。
現在コーヒーは世界60カ国以上でおよそ1000万トンが生産されているが、生産国1位はブラジルのおよそ300万トン、2位はベトナムの168万トンである。ブラジルの中央部一帯に広がり、不毛の地と称され見向きもされなかったセラード地帯が開発されたことによって1990年以降、ブラジルのコーヒー豆の生産は比較的安定し世界最大の供給国となっている。ベトナムには1857年にフランス人によってコーヒーの木がもたらされたが、非常に限定された地域で実験的に栽培されていたに過ぎなかった。しかしながら、ベトナム戦争後は政府が旧ソ連や東欧諸国への輸出を目指してコーヒー栽培を奨励し、国有農場のコーヒー農園が拡大した。1986年の「ドイモイ」政策によって市場経済の導入や、外国からの投資が奨励され、コメ、ゴム、コショウ、コーヒーなどの農業生産が大幅に増大していった。1990年には92トンであったコーヒー豆の生産量は2000年には802トンとおよそ10倍に伸びている。
ここでコーヒー豆の生産量の増加の要因を個人的にまとめてみる。上述したように、インスタントコーヒーの登場、眠気さましや利尿作用のあるカフェイン、抗酸化物質であるポリフェノール等の成分が含まれているとメディア等で紹介されていること、ブラジルのセラード地域やベトナムの農業政策のようにコーヒーの栽培面積が拡大したこと、それに付随して栽培技術や品種改良が進んだこと、カフェチェーンやおしゃれなカフェが消費者を意識したマーケッティング(パッケージデザイン、カフェラテやカプチーノなどおしゃれなコーヒーの提案、カフェ空間の演出など)を打ち出し実用性以上の幸福感の創出に成功したことではなかろうか。生産量の増加がコーヒーの消費に拍車をかけたのか、物質的に豊かな消費社会の到来で需要が喚起されたからなのか。コーヒーという大衆の飲物ではあるが、生産者の側から見てみるか、消費者側に視点を当ててみるかによって、現代社会を見てみるのも有意義であるような気がする。
カフェ文化の大衆化に伴って耳新しい言葉「バリスタ」が登場した。最近では世界大会も開催され注目される人気の職業である。バリスタの語源はイタリア語の「bar(バールと発音し、コーヒー屋さん)」+「~ista(サービスを提供する人)」で、「Barista」は「バールで働く人」という意味を持つ。イタリアではエスプレッソの抽出技術以上に求められるのが接客技術だそうである。2000年に第1回世界バリスタチャンピオンシップ(WBC)が開催されたが、毎年、世界各国からバリスタたちが腕を競っている。日本では2007年に開催され、2014年のイタリア開催で初めて日本人がチャンピオンになっている。世界大会だけでなく日本独自の日本バリスタチャンピオンシップ(JBC)も2003年から開催されているが、こうした競技大会の舞台で腕を競うことがバリスタ人気に拍車をかけているのかもしれない。当然のことながら、バリスタを養成するコースは人気で多くの民間企業が資格を提供している。
6世紀ころのコーヒー豆の発見以来、コーヒー栽培は赤道直下の南北25度のコーヒーベルト地帯で栽培されているが、経済的に豊かな社会で消費され、イタリアの「バリスタ」が人気の職業として日本にも上陸している。エチオピア、ケニア、タンザニア、ベトナム、ジャワ島、メキシコ、ジャマイカ、ガテマラ、コスタリカ、ブラジル、コロンビアなどなど、コーヒーベルト地帯はこれから経済的に豊かになっていこうとしている国々である。コーヒーという貴重な換金作物を輸出していながらも、なかなか経済成長が伴わない国々。一杯のコーヒーを飲みながら、コーヒー農家に思いをはせてみた。
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